病気になったジャガイモをみたことがある人って、そんなにいないと思います。いるとすれば、畑作農業の経験がある人でしょう。

北海道の畑作風景は、のんびりとした牧歌的な雰囲気があって観光資源のひとつですが、でも農業というのは、実は僕らが想像する以上にとてもデリケートなものです。こう書くと「えっ?」と思う方が多いはずです。農業には重労働というイメージはあっても、デリケートというイメージは普通はないですから。

一月ほど前のことになりますが、美瑛の農家さんが「哲学の木」として知られていた木を取り除いてしまった、という話しがあちこちから流れてきました。その場に居合わせた写真家の方がブログ記事を書かれていますので、ここで紹介させていただきます。

この話題は、北海道が旅行先として人気があるタイの新聞(バンコクポスト)でも取り上げられました。農地とは、とてもデリケートであるということまで丁寧に説明されています。でも日経の電子版では、観光客の安全面のことに焦点があたっています。おなじひとつの話題に関する記事でも、受け取る印象は全く異なります。

あ、でも誤解しないで下さいね、どちらが正しい正しくないということをお伝えしたいわけではありません。

外国人とコミュニケーションをする場合には、そこに文化的なギャップがあるかも知れないということを意識している人が多いと思いますが、日本人同士となるとどうでしょうか。上記の3つの記事を読んでいて僕がふと思ったことは、そのことです。どうも折り合いがつかないようなとき、日本人同士の場合には、「考え方や性格の違い」として片付けてしまうことが多いような気がします。

ここでジャガイモの病気の話しに戻りましょう。農家では、自分の畑に入った靴そのままで、すぐ隣であっても他人の畑に入り込むことは、やってはいけないことです。「昼のお弁当は見晴らしの良いお隣の牧草地で」なんてことをやろうものなら、怒鳴られても仕方ありません。同じ畑の中でも、ある部分だけジャガイモが病気になることがあるくらいで、それくらい、畑の土というのはデリケートなものなのです。だからこそ、人の畑に「土足」で入り込むことは論外で、このことは農業を営む人達の間ではごくごく当たり前になっているワケですね。

私たちには、知らず知らずのうちに身につけた常識って、あると思います。常識として身につけていることって、説明するまでもないことなだけに、いざ説明が必要になったときに戸惑ってしまいます。自分的には、そういうところにこそ、異文化の壁があると思っています。考え方や性格の違いとは少し違いますよね?