◆ バイリンガルでも、通訳者としては不足な訳とは

 突然ですが、問題です。”We run only 20 feet, dry.” これを訳して下さい。貿易取引に関してのミーティングのひとコマからの一文です。

 難しい単語はひとつもありませんので、カンタン?でも “run” をどう訳しましょうか?で、”dry”はどこにどうかかるのでしょうか?

 「汗をかかないで20フィートだけ走ります・・・」とかだと意味不明ですよね。

 でもこの文章は、貿易業務に関わったことがある人にとっては、カンタンで、「当社では、ドライの20フィートしか扱っておりません。」となります。

 このように、たとえバイリンガルの人達であっても、貿易取引に関する背景的な知識がなければ、この文章の意味を日本語に置き換えて伝えることはできません。

 もちろん、その文章がどういう意味なのかを聞き返して説明を受けることはできますが、「海上輸送のコンテナには、20フィートと40フィートの2種類があって・・・」と説明を受けていては、ミーティングの流れを止めてしまいます。

 もうひとつ例を挙げましょう。これは、私自身が恥をかいた例なのですが、とあるソフトウェア開発の現場で、「メーク・ファイルして下さい。」これ、スパッと英語になります?メーク・ファイルの部分は、多分現場用語なのでそのまま英語にしてよさそうですが、それを「する?」って、動詞がふたつ?

 素直に “do” を使っても通じたのですが、正解は “メーク・ファイルを execute (実行する)”でした。メイン・フレームの担当だったのが、まあ大丈夫だろうとUnix系のミーティングに入った時のことで、その時のことは、今でも記憶に残っています。

 これらの例のように、通訳の両側つまり日本語側と英語側の人達には、お互いに了解している事柄がもちろんあって、その部分の知識・経験に欠けていると上手く通訳することはできません。

 語学のプロになるためのトレーニングとして、最初に学ぶことのひとつがこのことです。

◆ 日本に特有?通訳ガイドとは?

 で、日本には『通訳ガイド』という職業がありますので、これについても少し説明しておきます。

 日本では、通訳ガイドは国家資格になって、これに合格しないと、外国人観光客をガイドするプロになることはできません。

 通訳のエージェントによっては、エントリーレベルの通訳者として扱っているところもあるようですが、いわゆる会議通訳者と通訳ガイドとでは、求められるスキルセットが全く異なります。

 本来、通訳者というのは、あくまで黒子的な存在で、通訳をされる側の人たちの前にでるような余計なことは、指示があれば別ですが、絶対にしてはいけないことなのです。

 余計なことに含まれるのが例えば「説明」で、勝手に通訳者が話者の話に説明を加えることはできません。これをやってしまうと、どこまでが話者のハナシでどこからが通訳者のハナシなのかわからなくなってしまいます。

 この点は、文章を扱う翻訳とは大きく異なる点で、翻訳の場合には、『訳注』と断ったうえで説明を加えることはよくあります。

 でもガイドのほうは、正反対です。会議通訳者のように、クライアントが話し始めるのを待っていたのでは仕事になりません。

 逆に積極的にクライアントをリードして、旅行を楽しんでいただかなければなりませんから、仕事の内容が全く異なるということは、なんとなくでも想像できますでしょ?

 『通訳ガイド』と呼ぶよりは、『外国語ガイド』と呼ぶほうが業務内容を的確に表現しているように思います。

 ところで、パリやローマなどの観光地では、小グループやプライベート向けに観光ガイドをやりますと、SNSなどで積極的にアピールしている人たちが増えているように思います。

 日本人の場合には、現地の日本人にお願いすることが多いようですが、可能ならば、その土地の人がガイドになってくれればベストですよね?

 そのほうが、短期間の旅行であっても、何かしら異文化体験ができそうな気がします。日本語でとなると難しいかもしれませんが、英語でもOKということであれば選択肢は大きく広がるようです。