『異文化スタイル』へようこそ!

 インターネットが普及したおかげで、私たちは日々、様々な考え方や自己表現に接することができるようになりましたし、自分でも発信できるようになりました。

 発信する手段も、文章だけではなく動画や音声まで、よりどりみどり状態。そしてそれらを通してダイレクトなやりとりが、いとも簡単にできてしまいます。

 少し前のことになりますが、『アイヌ学入門(講談社現代新書)』という本を読み始めたら、冒頭部分で素晴らしい一節に出会いました。

 それは、世界を単一化するようなグローバリズムでもなく、かといってかたくなに自分たちの民族や伝統を絶対視するでもない、その中間があってもいいのではないか、という問いかけです。

 目が覚める思いでした。その一節をお借りして、今では私は、以下のように考えています。

 『異文化と遭遇したら、それを自分と混ぜてみることで、相互理解と相乗効果の道が開ける。そもそも文化とはその営みの果てしない繰り返しで、その結果は、ハッキリとした境界線ではなくて、むしろグラデーションである』
 
 この考えを延長していくと、身近なところでも、普段の人付き合いにも大きく影響するのではないでしょうか?「この部分が嫌い」を「その人の文化のほんの一部分にすぎない」と捉え直すと、なんだか随分とスッキリとしてきますし、お若い方々の文化もちょっとは取り入れてみようかな、と思えてきます。

 ま、トシを取るというのは、こういうことなのかも知れませんが、ね(笑)

仕事関連

コーチングとコンサルティングと、アクティブ・ラーニングと。

By |8月 26th, 2017|仕事関連|0 Comments

コーチングのイメージ画像コンサルティングとコーチングは、相反する手法だと思われている方が多いと思います。私もそうでした。

でも今では、言葉の持つイメージに少し捕らわれすぎていたように思うので、そのあたりのことをまとめておきます。

コーチングは、コミュニケーションのスキル

実は私は、日本語のコーチングという言葉の持つイメージには、ずっと違和感を覚えてきました。その理由は、コーチングのスキルだけ持っていてもコーチはできないと考えているからです。コーチとは、何か得意なこととコーチングのスキルとが組み合わさって成立するものだと思います。スポーツが分かりやすいかも知れません。野球のコーチであれば、得意なことを言える程度に野球をした経験があるはずです。逆に、現役時代に大きな実績があったとしても、指導する選手達と向き合う時に必要なコミュニケーションのスキルがなければ、プロとしてコーチはできません。

参考までに、私は、CTIのマスター・コーチによる認定書をいただきました。10年も前のことになりますが、当時学んだことを強引に一言でまとめるならば、コミュニケーション・スキルということになります。クライアントが何かを変えたいとき、あるいは前に進もうとしている時などに威力を発揮するコミュニケーション・スキル、そう捉え直すと、随分と印象が変わってきます。

コンサルティングは、知識・経験を共有

AI 翻訳、使ってる?

人工知能翻訳のイメージ画像翻訳を生業としている私が、こんな話をするのはおかしいのではないかと思われるかもしれません。でも、便利なものは便利。使わないのは、もったいないです。

コンピュータを使った翻訳は、機械翻訳と呼ばれてきましたが、これはそろそろ名前をAI翻訳と改めた方が良さそうな感じです。基礎となっている技術に大きなブレイクスルーがあったようですし、その能力が急激に進歩しているというのがその理由です。

身近な具体例を挙げるなら、フェイスブックでしょう。

私は、英語以外の言語を母国語とする人達ともフェイスブックでつながっていますが、英語や日本語以外の言語で書かれた投稿については、ワンクリックで英語に翻訳するように設定してあります。使ってみると、まずその翻訳の速さに驚きますし、訳文を読んでいても違和感を覚えることはあまりありません。日本語への翻訳は使っていませんが、かなり役立つレベルまで来ているのではないでしょうか?

エンゲージメントと引き寄せの法則

エンゲージメントというカタカナ言葉を最近よく目にするようになりました。

英語の発音をそのままカタカナで置き換えてしまうのは、それは、その言葉の意味を表現する日本語がないからですが、engagement を英和辞典で意味を調べてみても、さらに分かりにくくなったりします。何かの概念的なことが、カタカナで置き換えられて日本語として使われている場合は、ほとんどがそうだと思います。こういう場合は、英語の辞書(英英辞典)で、その言葉の定義を調べるしかありません。

私なりにengagementの意味を強引にまとめてみると、「自らが積極的に人と関わる行動で、何かの目的に向けて、場合によってはある種の責任感を伴うような一線を越えるもの」となります。分かりやすい例は、engagement ring(婚約指輪)でしょう。婚約となると、結婚に向けて大きな責任を伴うという意味で、一線を越えることですよね?