『異文化スタイル』へようこそ!

 インターネットが普及したおかげで、私たちは日々、様々な考え方や自己表現に接することができるようになりましたし、自分でも発信できるようになりました。

 発信する手段も、文章だけではなく動画や音声まで、よりどりみどり状態。そしてそれらを通してダイレクトなやりとりが、いとも簡単にできてしまいます。

 少し前のことになりますが、『アイヌ学入門(講談社現代新書)』という本を読み始めたら、冒頭部分で素晴らしい一節に出会いました。

 それは、世界を単一化するようなグローバリズムでもなく、かといってかたくなに自分たちの民族や伝統を絶対視するでもない、その中間があってもいいのではないか、という問いかけです。

 目が覚める思いでした。その一節をお借りして、今では私は、以下のように考えています。

 『異文化と遭遇したら、それを自分と混ぜてみることで、相互理解と相乗効果の道が開ける。そもそも文化とはその営みの果てしない繰り返しで、その結果は、ハッキリとした境界線ではなくて、むしろグラデーションである』
 
 この考えを延長していくと、身近なところでも、普段の人付き合いにも大きく影響するのではないでしょうか?「この部分が嫌い」を「その人の文化のほんの一部分にすぎない」と捉え直すと、なんだか随分とスッキリとしてきますし、お若い方々の文化もちょっとは取り入れてみようかな、と思えてきます。

 ま、トシを取るというのは、こういうことなのかも知れませんが、ね(笑)

マーケティング

広告の捉え直し

目的意識のイメージ「フェイスブックのビジネスページには、広告が効果がある」という話を、最近あちこちで耳にしませんか?

「広告」という言葉を使うと、それだけで避けて通りたいと思う方が多いかもしれませんが、フェイスブックの場合の広告とは、「有料投稿」のことです。

みなさんがフェイスブックのホームを開いて、友達の投稿を見始めると、画面に最初に表示される投稿のふたつ目は、いつもこの「有料投稿」になっているのですが、気がついていたでしょうか?

そうなのです。友達の投稿に混じってフィードに表示されても、それとは気付かない場合もあるほど自然に入ってくるのが、フェイスブック広告の特徴のひとつ目。そして、表示されるのは投稿ですから、それに対して、「いいね」をしたりコメントを返したなど、なんらかのアクションを返すことができるようになっている点が、特徴のふたつ目です。

旧来メディアの一方通行の「広告」に慣れ親しんでいる私たちにとっては、フェイスブック上のいわば双方向の広告(?)は、まさに異文化なのです。

ネット・マーケティングは、仲間作りだ!

インターネットを広告の場だと捉えている人が、いまだに多いと思います。私の年代に近くなればなるほど、その傾向が強い。

もちろん純粋な広告スペースもありますから、そこの部分だけを広告の場と捉えるならそれは僕も異論はありませんが、自ら発信するウェブサイトをテレビやラジオ、新聞広告などの代わりになるものであると考えてしまうことには、これはキッパリと反対です。そういう時期もありましたが、遙か昔のハナシです。ソーシャルメディアも同じ。こちらのほうは、私の年代では使っている人の割合が低くなるからでしょう、お若い方々にも、広告スペースだと思って仕事に使っている方が目立つように思います。

アメリカでは、個人事業主やフリーランサー、士業の方々などの多くが自らをマーケターでもあると考えて、情報を発信しています。ネット上でよく見かけるこうした人達に共通しているのは、自分の得意分野に関連する役立ち情報を惜しみなく発信していることですが、長い間フォローしていて気がついたことがあります。それは、「自分はこういう仕事ができます」というよりは「自分はこういう人です」ということが、伝わってくるということです。

エンゲージメントと引き寄せの法則

エンゲージメントというカタカナ言葉を最近よく目にするようになりました。

英語の発音をそのままカタカナで置き換えてしまうのは、それは、その言葉の意味を表現する日本語がないからですが、engagement を英和辞典で意味を調べてみても、さらに分かりにくくなったりします。何かの概念的なことが、カタカナで置き換えられて日本語として使われている場合は、ほとんどがそうだと思います。こういう場合は、英語の辞書(英英辞典)で、その言葉の定義を調べるしかありません。

私なりにengagementの意味をまとめてみると、「自らが積極的に人と関わる行動で、何かの目的に向けて一定の責任感を伴っているもの」となります。分かりやすい例は、engagement ring(婚約指輪)でしょう。婚約となると、結婚に向けて大きな責任を伴いますよね。